越境未来ラボは、境界を越えて未来を観察するメールマガジンです。テクノロジーから文化まで、多様な視点を毎週金曜日にお届けします。
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世界各地を移動する中での出来事や気づきをお届けします。
今週もオレゴンにいます。
こちらに来てから、そろそろ1ヶ月になろうとしています。正直に申し上げると、さすがに飽きてきました。滞在しているのはアメリカの田舎町で、特にやることがないのも
確かなのですが、それ以上にしんどいのは、仕事が同じルーティンの繰り返しであるという点です。
前職では、プロジェクトの中でさまざまな診療科の医師にインタビューをする機会がありました。同じ内容を10人、20人と聞いて回るのですが、後半になると回答も似通ってきて、新鮮味が薄れ、半ば消化試合のようになっていく。いまの感覚は、あのときのそれによく似ています。
とはいえ、この街には何もありませんから、できることといえば、空いた時間に本業を進めたり、ポッドキャストを収録したり、サイケデリックのブログを更新したり、あるいはこうして毎週のメールマガジンを書いたりすることくらいです(ですので、意外と忙しい!)。ただ、ノイズが少ないぶん、自分と向き合う時間、内省に使う時間は、確実に増えているような気がします。もちろん、僕の勘違いかもしれませんが。
今回の滞在では、サイケデリックを用いた合法的なセラピーセッションのサポートに入っています。この分野に出会ってからというもの、僕の頭の中には「これをどのように日本で社会実装するか」という問いがずっと付きまとっています。現場には僕のほかにもファシリテーターと呼ばれるプロフェッショナルの方が何人か参加していますが、どうやらこのテーマを四六時中考えているのは、僕だけのようなのです。セッションを体験される参加者の方々を含めても。
なぜだろうか。ぼんやりとそんなことを考えていると、ある言葉が浮かんできました。「ノブレス・オブリージュ」。
19世紀のフランスで広まったとされるこの言葉は、直訳すれば「高貴さは義務を強いる」。恵まれた立場にある者は、その立場に応じた責任を社会に対して負う、という考え方です。特権とは褒美ではなく預かりものであり、だからこそ返さなければならない。僕はそのように理解しています。
僕は中学高校の6年間を、私立武蔵高等学校中学校で過ごしました。1922年、東武鉄道を率いた根津嘉一郎によって、日本で最初の私立七年制高等学校として創立された学校です。旧制高等学校というのは、いまでいう大学受験の予備校のような場所ではありませんでした。帝国大学へ進む少数の若者が寮で寝食をともにし、古今東西の書物を読み、議論に明け暮れる。将来この国を背負うことが半ば前提とされた、独特の教養の場だったわけです。
根津は、渋沢栄一の渡米実業団の一員としてアメリカを訪れた際、「社会から得た利益は社会に還元する義務がある」という思いに至り、私財を投じて学校をつくったと伝えられています。まさにノブレス・オブリージュそのものです。
その武蔵には、「三理想」と呼ばれる建学の理念があります。ひとつ、東西文化融合のわが民族理想を遂行し得べき人物。ふたつ、世界に雄飛するにたえる人物。みっつ、自ら調べ自ら考える力ある人物。入学式で聞かされて以来、6年間、耳にタコができるほど繰り返された言葉です。当時は正直、何を言っているのかよく分かりませんでした。
けれどもいま、オレゴンの片田舎で日本人のためのセッションに立ち会いながら、この三つを思い出している自分がいます。東と西のあいだに立ち、海の向こうで得たものを持ち帰り、誰もまだ答えを持っていない領域で、自分の頭で考える。10年以上を経て、ようやく腑に落ちてきた—というか、単に刷り込みが効いているだけなのかもしれません。
いずれにせよ、「日本でどう実装するか」という問いを手放せないのは、才能でも使命感でもなく、たぶんそういう教育を受けてしまったから、というのが正直なところです。特権だと思ったことは一度もありませんが、たまたま与えられた環境には違いない。ならば、返すしかない。
同じ日々の繰り返しに飽きてきた、と冒頭に書きました。それでも、この問いだけは毎日少しずつ形を変えながら、僕の中に残り続けています。消化試合の中にも、まだ打つべき点はあるようです。
🔭 越境ノート
面白いと思ったニュースや視点をお届けします。
イーロン・マスクが語る2036年 AIとロボットが変える経済と政治
Economistのインタビューでイーロン・マスク氏は、AIがおよそ5年で人類全体の知能の総和を超え、人型ロボットが加わることで「途方もない豊かさの時代」が訪れると予測しました。財やサービスの供給が急増するためインフレではなくデフレが問題になり、お金や税の意味も薄れると言います。かつては開発の減速を求めた同氏ですが、いまは止める手立てがないとして、主要AI企業が数週間おきに安全性を協議し、新モデルを1〜2週間かけて相互に検証、危険と判断されれば政府に通報する枠組みを提案しています。中国については、電力量で米国・欧州・インドの合計をすでに上回っており、いずれ主導権を握る可能性が高いと指摘します。雇用では、ソフトウェア開発ですでにAIが技術者の9割より優秀だとし、働くことは家庭菜園のような選択的な行為になるとの見方を示しました。後半は、Starlinkが持つ地政学的な影響力、DOGEでの政府支出削減、そして欧州の移民政策をめぐる同氏の発信について、聞き手との激しい応酬が続いています。
流し聞きするはずが、インタビュアーとのやりとりが面白く、途中から集中してがっつり聞き入ってしまいました。インタビューの中で彼は自身の役割を「意識を未来へつなぐこと」だと話ており、一人の人間として「人類」をどのように進化させていくのか真摯に向き合っているのだと伝わりました。人類の宇宙進出、AIとの共存から、ウクライナでの戦争からヨーロッパでの内戦の可能性まで、一人の人間が関わるものとしては度を超えています。これだけの射程を一人で背負っていれば、ケタミンやら何かに頼りたくもなるはずです。
モスクで揺れる湘南の町 移民と「日本らしさ」のはざまで
東京から車で1時間ほどの藤沢市で、町初となるモスクの建設計画が住民の間に不安と反発を広げています。今年に入って駅前では数千人規模の反対デモが起き、SNSではヘイトや誤情報が拡散し、モスクへの抗議電話も相次いでいます。背景にあるのは急速な人口構成の変化です。国内のムスリム人口は2019年の23万人から2024年末には約42万人に増え、外国人住民は2025年に400万人を超えました。一方で同じ年、日本の人口は約100万人減っています。高市早苗首相は大規模移民に慎重な姿勢を示し、政府は2026年6月にビザ手数料を5倍に引き上げ、入管庁の人員も約230人増やす方針です。建設予定地の近くに住む女性は、ムスリムの隣人と嫌な思いをした経験は一度もないとしたうえで、「結局は未知への恐れなのかもしれない」と語っています。
拙著「ラマダンのマレーシアでイスラムを食べる in クアラルンプール」でも書きましたが、日本にいるとムスリム、イスラム教はどうしてもテロと結び付けられて報道されがちです。これらのヘイトやデモは根本を辿れば「知らないこと」に発端するのでしょう。ラマダン中のクアラルンプールで、日没とともに屋台に集まって皿を分け合う人たちを眺めていると、そこにあったのは特別な宗教ではなく、ごく普通の生活でした。記事の最後で藤沢の女性がこぼした「結局は未知への恐れなのかもしれない」という一言に、この問題の入り口と出口の両方が詰まっているように思います。
円は「バーゲンセール中」か 40年ぶり安値をどう読むか
1986年以来の水準まで下がった円について、マーサーでアジアのマルチアセット運用を統括する担当者は、円はいま「セール中」であり、対ドル162円台の現状は実力より15%ほど割安だと指摘します。円安が続く理由として挙げるのは、低金利の円で借りて高利回り通貨に投資するキャリートレード、日銀の利上げが遅れているのではないかという懸念、そしてGDP比240%(純債務では130%)という政府債務です。ただし相場が動き出すときは急激で、2024年には2か月足らずで162円から140円台まで戻した例もあると言います。12月の旅行や留学費用など使い道が決まっている円は、いまのうちに一度に確保しておくのが得策だという見立てです。
日本のメディアの報道ではなく、シンガポールからの目線での現在の円安解説という点で個人的に興味深かったです。外から見れば確かに「セール中」の円。ただ、円で稼いで円で暮らす人にとっては、同じ数字が「自分の労働が世界的に値下がりしている」という意味にもなります。東京に10年住むゲスト自身が「海外に行くたびに悔しい」と漏らしていたのが妙にリアルで、旅行者と生活者では同じレートがまったく違う顔を見せるのだと改めて感じました。
ハグとキスで争いを防ぐ チンパンジーとボノボの平和維持
触れ合いで緊張をほぐすのは人間だけではないようです。英ダラム大学のザンナ・クレイ氏らは、コンゴ民主共和国とザンビアの保護施設で暮らすボノボとチンパンジー5群を対象に、ピーナッツを一斉にまく「ピーナッツ・スイング」という課題を60回実施しました。餌が降ってくる直前の数分間にハグやキス、軽く叩くといった友好的な接触を交わした個体ほど、その後を平穏に食べ分ける傾向が見られたといいます。ボノボはメス同士、チンパンジーはオス同士で多く、相手の口に手を入れるなど、あえて無防備になることで信頼を示す行動も確認されました。人間とこの2種は約600万〜800万年前に共通祖先から分かれており、緊張を和らげる触れ合いには深い進化的起源がある可能性を示唆しています。研究は7月22日付のProceedings of the Royal Society Bに掲載されました。
僕が現在立ち会っているサイケデリックセッションでは、「サポーティブタッチ」というものがあります。事前の同意のもと、肩・手・足・ハグの身体接触が認められており、不安が高まった場面でただ手を握るだけで呼吸が整っていく人を何度も見てきました。言葉が届かないところに触れられるのは、600万年前から受け継いできた技術なのかもしれません。
📚 今週の一冊
いま読んでいる本、最近読んだ本から一冊を紹介します。
完全教祖マニュアル
一時期、「オンラインサロンは信者ビジネス」というような風潮があったと記憶していますが、まあ、本質はその通りですよね。ということが理解できるのが本書です。
本書は「教祖になるための実用書」という体裁を取りながら、実際には宗教という現象を機能として解剖してみせる一冊です。著者はまず、教祖の成立要件をたった二つに絞ります。「なにか言う人」と「それを信じる人」。これだけで教祖と信者は成立してしまう。そして教祖の仕事とは何かといえば、それは「人をハッピーにすること」なのだと。この身も蓋もない定義から出発して、話は一気に実践編へと進んでいきます。
僕が面白いと思ったのは、社長と教祖を比較するくだりです。企業が愛や平和を掲げてもどこか嘘臭さが漂うのは、生産活動をしている以上どうしても綺麗事だけでは済まないから。逆に、何も生産しないからこそ教祖は堂々と綺麗事を言えるし、尊敬も集まる。この構造の指摘は、そのまま現代の情報発信ビジネスにも当てはまるように思いました。
集団を固める具体的な手法もまた示唆に富んでいます。食物規制や断食といった「外部との違い」をつくることで内側の結束が固まる。実際、ある信者が自分の信仰を実感する瞬間として挙げたのは、霊的な感激ではなく「周りが酒を飲んでいる時に自分だけ飲まない時」だったといいます。内輪の言葉、独自の作法、外の世界との微妙な断絶。オンラインサロンで起きていることと、驚くほど似ています。
さらに秀逸なのが、寄付を「義務」ではなく「権利」にせよという指摘です。条件をクリアした人だけが寄付できるようにすると、苦労して得た権利は素晴らしいものだと思い込み、嬉々として行使し、周囲にも喧伝してくれる。教団内のステータスにもなる。上位プランほど熱心なファンが集まる構造そのものです。出版についても、信者数だけは確実に売れ、しかも布教用に一人が複数冊買うため「一人一冊」という出版の限界を突破できると説きます。
ふざけた語り口の裏で語られているのは、人が何かを信じる時のメカニズムそのものです。信じる側の心理を知る本としても読める、なかなか怖い一冊でした。
📎 活動のご紹介
ブログ:Psychedelic Tokyo
世界中の最新のサイケデリック医療に関する情報を日本語で発信しています。毎週月曜・木曜更新予定。ニュースレターも発行しています。
ポッドキャスト:サイケデリック・フロンティア
サイケデリックファシリテーターのユウスケと精密栄養カウンセラーのナカハラがサイケデリック医療の最前線についてお届けするポッドキャスト。長らく「怪しい・危険」として避けられてきたサイケデリックは、今、世界中の精神医療の現場を変えようとしています。最新の研究結果から、哲学や宗教、カルチャーとの関係性まで。従来の治療では届かなかった心の問題に、新しい視点を提供する番組です。毎週水曜日の朝6時配信。各種プラットフォームでお聞きいただけます。
Kindle本:Amazonページはこちら
『ホモ・モビリタス—世界を旅して考えた日本の未来』『手放せば見えてくる—自分軸で選ぶ幸せな暮らしのカタチ』『ラマダンのマレーシアでイスラムを食べる in クアラルンプール』『境界のメルカドーテクノロジーと紡ぐ2018年メキシコの記憶』『魂のリハビリ—しいたけ占いとマッシュルームが教えてくれたこと』『スリランカ考』『ボクとキノコの物語: 抑圧された記憶と、本当の自分に出会うまで』



