vol.049 革命の4条件、再び
越境未来ラボは、境界を越えて未来を観察するメールマガジンです。テクノロジーから文化まで、多様な視点を毎週金曜日にお届けします。
🌍 近況
🔭 越境ノート
📚 今週の一冊
📎 活動のご紹介
✉️ Q&A
🌍 近況
世界各地を移動する中での出来事や気づきをお届けします。
今週もオレゴンにいます。
オレゴンでの滞在も残り数日となりましたが、相変わらず何かと忙しい日々を送っています。今週も、これまで通りセッションのサポートをしながら、本業であるスタートアップアクセラレーターの仕事をこなし、その合間にFluenceという会社のトレーナーとしてのお話をいただいたり、サイケデリック本の出版に向けて出版社との打ち合わせがあったりと、この夏以降の「次への仕込み」にもずいぶんと時間を割いています。
Fluenceというのは、ニューヨークを拠点に、医療者向けにサイケデリック療法を教えている教育機関です。創業者の二人はいずれも心理学者で、MDMAやシロシビンの治験でセラピストを務めながら、これまでに世界中で数千人規模の臨床家を育ててきました。そのトレーナー側に、というお話をいただいたわけで、ありがたい限りです。
日本には今のところ、サイケデリック療法を日本語で体系的に学べる場所がほとんどありません。仮に将来、日本で治療が承認されたとして、では誰がその治療を担うのか。薬が先に来て、担い手が後から慌てて探されるという順番では、現場は必ず混乱します。セッションの善し悪しを決めるのは、投与量でも薬効でもなく、その人が誰と、どんな部屋で時間を過ごし、そこで得たものを翌日からの日常にどう持ち帰るのかという部分です。物質そのものよりも、それを扱う人と場のほうがずっと大事だというのは、この一年、実際のセッションを間近で見てきて痛感していることでもあります。
先週お伝えしたとおり、サイケデリック領域における僕のもっぱらの興味関心は「日本における社会実装」です。現在、大塚製薬や慶應義塾大学を中心に様々な取り組みが行われていますが、僕からすれば、彼らはいわば「既存」の人たちなわけです。精神科医にせよ、製薬企業にせよ、ある程度確立された枠組みの中で、一歩ずつ正しさを積み上げていくことが仕事です。治験のプロトコルがあり、学会があり、承認のプロセスがある。それは社会に対する責任の裏返しでもありますから、否定するどころか、絶対に必要なものです。
けれども、僕は「既存の枠組み」からは今の延長線上の答えしか出てこないと考えています。僕が多大なる影響を受けた人の一人にビジネスデザイナーの濱口秀司さんがいますが、まさに「バイアス・ブレイク」が必要で、そこには固定の価値観や考え方にとらわれない柔軟な発想が求められます。日本でサイケデリックが根づくかどうかは、薬が承認されるかどうかだけでは決まりません。誰が担い手になり、どんな場所で、いくらで受けられ、社会がそれをどう受け止めるのか。制度の外側にある問いのほうが、実はよほど厄介なのです。
精神科医の先生たちが精神科医の先生たちに向けて発信をするのなら、僕は「一般」の人たちに対して発信していきたいと思います。制度をつくるのは専門家かもしれませんが、その制度を受け入れるかどうかを決めるのは、結局のところ社会の側です。「ダメ。ゼッタイ。」で育った人たちの心のなかにある線が動かない限り、どれだけ立派な枠組みができても、それは絵に描いた餅にしかなりません。ですから僕は、遠回りに見えても、ひたすら数を打ちたいと思っています。いつか量が質に転換される時がくるはずです。
ですから、本のプロモーションも、サイケデリック医療についての発信も、ポッドキャストやYouTubeといったメディアを積極的に使っていくつもりです。論文でも学会発表でもなく、通勤中のイヤホンから、寝る前のスマートフォンから届く言葉として。これは戦略というより、ほとんど必然といってもいいかもしれません。というのも僕は、若くて、無知で、無名で、お金がないからです。権威も、予算も、肩書きもない人間が持てる武器は、自分の言葉と、それを誰にでも届けられる場所くらいしかありません。
幻冬舎の見城徹さんは、毛沢東の革命の3条件である「若いこと」「貧しいこと」「無名であること」に、「無知であること」を加えて、革命の4条件と呼んでいます。若いから失うものがなく、貧しいからハングリーで、無名だから何を言っても構わない。そして無知だから、できない理由を知らずに走り出せる。
要は、僕が引け目に感じてきたものが、そっくりそのまま条件として並んでいるわけです。実績のなさも、後ろ盾のなさも、業界の常識を知らないことも、見方を変えれば持ち札になる。もちろん、そう言い聞かせているだけかもしれませんが、少なくとも今の僕には、これ以外に手持ちのカードがありません。
滞在も残りわずかとなりました。荷造りをしながら、次に日本へ持ち帰るのは、資格でも人脈でもなく、この四条件が揃っているうちに動いてしまおうという、その一点なのだろうと考えています。
要するに、当たって砕けろ!です。失うものはありませんからね。
🔭 越境ノート
面白いと思ったニュースや視点をお届けします。
「履歴書にボトックスを打った」 AI採用と中年女性のキャリア
BBCが40〜65歳の女性60人以上に取材したところ、管理職経験のある女性たちが履歴書を送り続けても自動返信すら来ない状況が浮かび上がりました。ロンドン在住のステイシー・デュギッドさん(52歳)は16か月かけて大量に応募し、年齢や経歴の記載を削るという「履歴書へのボトックス注射」まで試みたと言います。製造業や医療分野で要職を歴任したコイリ・ジャルカさん(49歳)は442社に応募し、返答があったのはごくわずか。「経験が豊富すぎる」と言われるのは「年を取りすぎている」の言い換えだと感じています。金融・専門サービス業界の団体は、育児などによる職歴の空白をAIが否定的に解釈する懸念を指摘し、2035年までにAIと自動化が数十万人分の女性の職を奪い、再訓練への投資がなければ企業側も7億5000万ポンド超の退職費用を負うと試算しました。AI法務に詳しい弁護士は、履歴書をA〜Dで格付けするツールなどが実質的に「自動意思決定システム」として機能していると批判し、導入前の試験義務化を求めています。人事ソフト大手のWorkdayは、自社のツールは採用の判断を下すものではなく、年齢や性別を考慮しないと反論しています。
AIが仕事を奪うことに加え、今度はAIが採用に回ると、人間のバイアスが組み込まれてしまうという話題。そういえば、つい数日前にアメリカの会社から「日本人でサイケデリックファシリテーターの知識と経験がある人」を探しているというヘッドハントのメッセージをLinkedInでいただきました。そんな人、僕以外数人しかいないですよと話をしたのですが、結局はAI時代でもいかにニッチの掛け算になれるかなのでしょう。元リクルートで民間校長を務めた藤原和博さんが、100人に1人の技能を3つ掛け合わせれば100万人に1人の存在になれるという「キャリアの三角形」を説いていますが、これはAIによるスクリーニングを前提にすると、さらに切実な戦略になります。単一の職種で競えば「経験が豊富すぎる」の一言で弾かれてしまう一方、掛け算の頂点にいる人はそもそも比較対象が存在しない。記事に登場する女性たちが持つ数十年分の経験も、本来は掛け算の素材そのもののはずです。それを「空白のある職歴」としか読めないなら、問題なのは彼女たちではなくアルゴリズムの方にあるのかもしれません。
誰でもY Combinator企業に賭けられる Robinhoodの新ファンド
Robinhoodが8月13日、1株25ドルでRobinhood Venture Fund II(RVII)を上場させる予定です。最大2億ドルを集め、Y Combinator出身のスタートアップ株を、売却に応じる企業から買い取っていく仕組みです。ただし投資家が持つのはファンドの株式であって、スタートアップの株そのものではありません。手数料はVC業界標準の「2/20」に上乗せがあり、管理報酬は4%強、成功報酬は20%がRobinhood傘下の運営会社に入ります。通常のVCファンドと違って満期の定めがなく、定期的な現金分配も約束されていないため、投資家の利益は株価の値上がり頼みになりそうです。先行するファンドI(RVI)は公開価格21ドルを上回って推移してきましたが、5月に56ドルを超えたあと現在は28ドル前後まで下げています。同社は2025年にもOpenAIやSpaceXの「トークン化株式」を売り出してOpenAIから否定された経緯がありますが、今回は実際の株式を購入する点が異なります。
アメリカは株高でお金がだぶついているのでしょうか。投資家が持つのはファンドの株式であって、スタートアップの株そのものではないことから、これはもはや企業のオーナーになる「投資」ではなく「投機」というべきでしょう。満期も分配の約束もなく、利益は株価の値上がり頼み。しかも手数料は4%強に成功報酬20%と、リスクは買い手が負い、確実な収益は運営側に入る構造です。先行ファンドが5月の56ドルから28ドル前後まで半減しているのは、その正体をよく表しています。「Y Combinator出身」という肩書きが、もはや事業の中身とは切り離されたブランドとして売買されてしまっています。実体より先に物語だけが値を付けていく瞬間には、いつも少し身構えてしまいます。
21歳の教授、306年ぶりに記録を塗り替える
フロリダ在住のネイサン・トーマスさんが、18歳346日でマイアミ・デイド・カレッジの工学の教員に就任し、世界最年少教授としてギネス世界記録に認定されました。7月23日の発表によると、これは1717年にアバディーン大学で19歳の数学教授となったコリン・マクローリン以来、306年ぶりの記録更新です。2008年に18歳362日で韓国・建国大学に着任したアリア・サバーさんの記録も16日差で上回りました。トーマスさんは14歳で同カレッジ史上最年少の卒業生として数学の準学士号を取得し、フロリダ国際大学で電気工学の学士号と修士号を修めています。現在21歳で、マイアミ大学ロースクールに通いながらオンラインで教鞭を執り、2028年の卒業を目指しています。自分より年上の学生を教えることについては「全員が学ぶために来ているのだから年齢は関係ない」と語り、教えていて一番好きなのは「難しかった概念が学生の中でかちりとはまる瞬間を、リアルタイムで見られること」だと言います。
本来学びには年齢は関係ありません。どんなに若くても学びたいものを学びたいだけ学べる環境があるべきでしょうし、年齢を重ねたとしても一緒です。日本の教育は同学年で一斉に進み、一斉に卒業することを前提としているため、14歳で準学士号を取るような道筋がそもそも制度の中に用意されていません。飛び級が事実上機能せず、逆に学び直しで大学へ戻る大人も「浮いた存在」になりがちなのは、同じ画一性の裏表だと思います。年齢が入場券にも失格通知にもならない社会のほうが、結局は誰にとっても得なはずです。
📚 今週の一冊
いま読んでいる本、最近読んだ本から一冊を紹介します。
海外売春 ー女たちの選択ー
光があるところには闇がある、陰陽とはこういうことなのかなあと思いながら本書を読み進めました。日本が安い国になってきていることは、海外にいても、日本に帰ってきても感じるのですが、本書はその実感がもっとも生々しいかたちで現れている場所を取材した一冊です。
記者がまず思い起こすのは「からゆきさん」です。19世紀後半から20世紀初頭にかけて、貧困にあえぐ農村の若い女性たちが東南アジアや中国、ロシアに渡り、家族を養うためにカラダを売ったという歴史がありました。そうした犠牲はとうに過去のものだと思い込んでいた令和に、なぜ同じ影がふたたび見え隠れするのか。その問いを抱えたまま、取材は韓国、マカオ、バンクーバー、シンガポール、そしてドバイにまで及びます。
僕が特に印象に残ったのは、韓国側の業者が使う「キョンメ」、日本語でいう競りの話でした。テレグラムの非公開グループに日本側のエージェントが写真とプロフィールと希望単価を投げ込むと、韓国各地の店が入札を始めるのだそうです。競走馬や家畜の売り買いに使う言葉が、そのまま人間に対して使われている。当然そこにはランクがつき、下がるほど勤務地はソウルから遠ざかっていきます。ある女性はわずか三か月で掲示板に「一世代遅れの日本製品みたい」と書き込まれ、北朝鮮との国境に近い街へ移されていました。人が製品として流通し、型落ちしていく構図がそのまま出来上がっているわけです。
そのうえで本書が丁寧に描くのは、彼女たちの動機が円安や経済苦だけでは説明しきれないということでした。推しのアイドルがいるから韓国を選ぶ、売春をしていても「韓国に遊びに行っていた」と言えば友達に羨ましがられる、つまり「バエる国」だから選ぶという証言が出てきます。借金もホストもなく、何不自由なく育って名の通った大学を出たうえで「ただ、お金が欲しい。それだけです」と笑う女性もいて、足りないのはお金というより自分の将来の像のほうなのかもしれない、と思わされました。
そして本書は、ドバイに送られた女性が音信不通になるという話で閉じられます。日本が安くなるというのは統計上の数字の話ではなく、こういうかたちで現れてくるのだと突きつけられる、読後にずっと残る一冊です。
📎 活動のご紹介
ブログ:Psychedelic Tokyo
世界中の最新のサイケデリック医療に関する情報を日本語で発信しています。毎週月曜・木曜更新予定。ニュースレターも発行しています。
ポッドキャスト:サイケデリック・フロンティア
サイケデリックファシリテーターのユウスケと精密栄養カウンセラーのナカハラがサイケデリック医療の最前線についてお届けするポッドキャスト。長らく「怪しい・危険」として避けられてきたサイケデリックは、今、世界中の精神医療の現場を変えようとしています。最新の研究結果から、哲学や宗教、カルチャーとの関係性まで。従来の治療では届かなかった心の問題に、新しい視点を提供する番組です。毎週水曜日の朝6時配信。各種プラットフォームでお聞きいただけます。
Kindle本:Amazonページはこちら
『ホモ・モビリタス—世界を旅して考えた日本の未来』『手放せば見えてくる—自分軸で選ぶ幸せな暮らしのカタチ』『ラマダンのマレーシアでイスラムを食べる in クアラルンプール』『境界のメルカドーテクノロジーと紡ぐ2018年メキシコの記憶』『魂のリハビリ—しいたけ占いとマッシュルームが教えてくれたこと』『スリランカ考』『ボクとキノコの物語: 抑圧された記憶と、本当の自分に出会うまで』
✉️ Q&A
みなさんから寄せられた質問にお答えするコーナーです。
【Q】
いつも素敵なメルマガをありがとうございます。
毎回学びが多く、とても興味深い内容で、毎週楽しみに拝読しています。
(今回ご紹介されていた『完全教祖マニュアル』は、僕も一時期愛読していました。)
今週号の中に、
>オレゴン滞在が1ヶ月になろうとしています。正直に申し上げると、さすがに飽きてきました。滞在しているのはアメリカの田舎町で、特にやることがないのも確かなのですが、それ以上にしんどいのは、仕事が同じルーティンの繰り返しであるという点です。
という箇所がありましたので、質問です。
今回の滞在では、セッションを通して、多くの方々の変容を間近で見てこられたのではないかと想像しています。
その中で、特に印象に残っている方や出来事がありましたら、差し支えない範囲で教えていただけますでしょうか。
また、その方や出来事が印象に残っている理由や、波多野さんご自身がそこから感じられたことについても、ぜひ伺ってみたいです。
これからのご活動も、心から応援しています!
【A】
ご質問ありがとうございます。そしてメルマガをいつも読んでくださって、本当にありがとうございます。
長かった僕のオレゴンの夏も今週でおしまいです。延べ60名近い日本人のセッションに立ち会うことができたことは僕の中で大きな財産になるでしょうし、今後の日本におけるサイケデリックの社会実装にとっても大きな一歩になったと考えています。
個々の参加者の体験については、それぞれ極めて個人的なものですので、ここでは具体的な言及を避けたいと思います。その代わり、全体を通して僕の中に残ったことを二つ書かせてください。
一つは、シロシビンセッションで僕自身が見た・感じたことが正しかったのだと確信できたことです。これまで、他の人の体験を日本語で詳しく聞く機会があまりありませんでした。それが今回、数十人分の語りを続けて聞くという稀な状況に置かれたわけです。すると、僕がかつて感じた「この世界が多次元であること」や「肉体への感謝」といったテーマが、驚くほど一貫して現れました。自分ひとりの特異な体験だと思っていたものが、実は多くの人が別々にたどり着く場所だった。僕は今まで通り前に進んでいいのだという、許可を得たような感覚になりました。
もう一つは、日本人とサイケデリックとの結びつきです。
参加者の方の感想でよく出てきたのは日本の物語でした。例えば、「スーパーマリオ」でキノコを食べると体が巨大になること。手塚治虫の『火の鳥』が描く、生と死が円環していて個体の生涯がその一部でしかないという感覚。あるいは、宮崎駿の『千と千尋の神隠し』の、名前を失い、異界に迷い込み、また戻ってくるという構造。
誤解のないように書いておくと、作り手が何かを摂取していたと言いたいのではまったくありません。そうではなく、シロシビン体験の中で多くの人が語る世界の手触りー自我の輪郭がほどけること、生と死が地続きであること、異界がすぐ隣にあること—が、日本で育った僕たちがすでに物語として知っているものと驚くほど近い、ということです。
そう考えると、今回のセッションで日本人参加者の言語化が思いのほかスムーズだったことにも説明がつく気がします。体験そのものは初めてでも、その形を語る言葉を、僕たちはあらかじめ持っていたのかもしれません。
縄文時代についても、1万年以上にわたって大規模な戦争の痕跡が乏しいことが知られていて、そこにキノコの関与を見る人もいます。実証されていない仮説ですが、こうした説が出てくること自体が、マッシュルームと人類、そして日本人との結びつきが僕たちの想像以上に古いのではないか、という問いを開いてくれるように思います。
飽きたと書いた一ヶ月でしたが、こうして振り返ってみると、ずいぶん遠くまで来たようです。応援のお言葉、励みになります。ありがとうございました。


