越境未来ラボは、境界を越えて未来を観察するメールマガジンです。テクノロジーから文化まで、多様な視点を毎週金曜日にお届けします。
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世界各地を移動する中での出来事や気づきをお届けします。
今週も東京にいます。
1ヶ月近くアメリカに滞在し、サイケデリックな空間に身を置いていたせいでしょうか。戻ってきてからというもの、世界の見え方がまるで違います。もしかしたら、この湿度と気温のせいもあるかもしれません。ただ、街を歩いていると、日本人がどうしても「茹でガエル」に見えて仕方がないのです。
茹でガエルというのは、カエルを熱湯に放り込めば驚いて飛び出すけれど、常温の水に入れてゆっくり温めていけば、変化に気づかないまま茹で上がって死んでしまう。緩やかな変化ほど恐ろしい、という寓話としてよく引かれます。もっとも、この話には落ちがあって、実際に試すと本物のカエルはちゃんと飛び出すのだそうです。つまり茹でガエルは、生物学的にはただの作り話。人間だけが、この寓話の主人公になれるというわけです。
さて、アメリカから戻ると、日本は何もかもが安く感じられます。コンビニに行けば、それなりのクオリティのコーヒーが1ドル以下で飲める。定食チェーンに入れば、栄養バランスの整った食事が6ドルもかからずに出てくる。
向こうでは、カフェでコーヒーを1杯頼めば、それだけで6ドル、7ドルは当たり前です。昼にどこかへ入って、チップまで含めれば20ドルを超えることも珍しくありません。これは確かに、世界中から観光客が押し寄せるわけです。僕の会社のアメリカチームも今年後半に日本出張が入っていて、指折り数えて待っている状態です。彼らにとって日本は、いま世界でもっともコストパフォーマンスのいい先進国なのでしょう。
けれども(これは帰国のたびに思うことですが)、街を歩いていて、希望やエネルギーのようなものを感じることがありません。朝の電車に揺られる人たちの表情、夜の駅前を足早に抜けていく人たちの歩き方。誰も怠けてなどいません。むしろ、驚くほど真面目に、驚くほど整然と、みんなが自分の役割を果たしている。ただ、そこに「この先が良くなっていく」という前提が共有されていない感じがするのです。
不思議なのは、数字だけを見れば、そう悪い話ではないことです。6月の実質賃金は前年同月比1.6%増で、6ヶ月連続のプラス。名目賃金の伸びが物価の上昇を上回る状態が続いています。長かったマイナスの時代から、統計上は抜け出しつつある。それでもなお、街の温度は上がっていないように見えるのです。
一方で為替は、7月に一時1ドル163円台と、1986年以来の水準をつけました。月末には日米が協調して円買い介入に踏み切っています。円の対ドルでの価値が下がっているのですから、国内で数%賃金が上がったところで、海外での購買力はじりじりと目減りしていく。鍋の水は、確かに少しずつ温められているわけです。
ここで思い出すのが、シンガポール建国の父、リー・クアンユーです。彼は2013年の著書『One Man’s View of the World』で日本に一章を割き、そこに「Strolling into Mediocrity(凡庸への道をそぞろ歩く)」という見出しをつけました。指摘はいたってシンプルで、日本の人口は減り続け、労働力も減り続けるのに、意味のある規模で移民を受け入れようとしない。ならば人口動態は反転しようがなく、日本は10年ごとに、小さく、老いて、活力を失っていくほかない、と。10年以上前の指摘ですが、この夏の東京を歩いていると、なんとも言い返しにくいものがあります。
もちろん、これは日本を貶したい話ではありません。むしろ逆で、鍋の中にいる限り、水温の変化には気づけないという話です。僕自身、1ヶ月アメリカにいたからこそコンビニのコーヒーの値段に驚けたのであって、ずっと東京にいたなら、何とも思わなかったはずです。同じ場所に留まり、同じ人と会い、同じ価値観に囲まれていれば、物差しは静かに、そして確実に固定されていきます。恐ろしいのは水温そのものではなく、自分の温度計が狂っていることに気づけないことのほうという方が正しいでしょう。
これは国の話であると同時に、そのまま個人の話でもあります。今回の滞在で僕がやっていたのは、人が自分の内側と向き合う時間に立ち会うことでした。そこで何度も目にしたのは、長いあいだ当たり前だと思い込んでいた前提が、一度外から光を当てられた瞬間にほどけていく光景です。国も人も、構造は同じなのだと思います。
移動すること。そして、自分の物差しを常にアップデートし続けること。それを忘れてはいけないと、改めて思います。
幸い、本物のカエルは飛び出すそうですから。
🔭 越境ノート
面白いと思ったニュースや視点をお届けします。
ロボットがチップを求めてくる、そのお金は誰の手に渡るのか
ラスベガスのロボットバー、ニューヨークのロボットバリスタ、空港の無人キオスクまで、機械がチップを求めてくる場面が増えています。米国にはチップで働く従業員の最低賃金が時給2.13ドルまで下がる仕組みがあり、人間が受け取ったチップを経営者が取ることは法律で禁じられていますが、ロボットに渡されたチップが誰のものかを定めた基準はまだありません。リーハイ大学のオックス准教授は、一部の雇用主がそれを自分のものにしている可能性を指摘します。取材を受けた2店はいずれも全額を人間の従業員に渡していると答え、うち1社はチップの表示自体をやめました。コーネル大学のリン名誉教授は、良いサービスへの報酬にも低賃金の補填にもならない以上、機械にチップを払う理由はなく、この慣行は長続きしないだろうと見ています。
これから世界は急速に「無人化」の世界に進んでいくでしょう。AIが「フィジカルAI」を通して物理世界に浸透してくると、あと十年もしないうちに、人間が労働から解放される世界が訪れるのではないかと先日紹介したインタビューでイーロンマスクも述べていました。そうなってくるとチップ云々ではなく、「お金」とは何なのか?という根本的な問いに向き合わなければならない日は近いかもしれません。
「タイニー・ツーリズム」は観光公害の解毒剤か、ダブリンで試してみた
英国のクリエイティブ・プラットフォームIt’s Nice Thatが提唱する「タイニー・ツーリズム」は、「観光客がやりそうなことはしない」という一点に集約される旅の作法です。名所やバケットリストを避け、スーパーで見たことのないポテトチップスの味を試し、薬局をのぞき、古着屋を回り、通勤電車に乗る。BBCの旅行ライターが娘と3日間ダブリンで実践したところ、置き土産のような旅行みやげがもう時代遅れに見えるという発見もあった一方、薬局の品ぞろえは自宅のコペンハーゲンと変わらず、地元の人に教わった店はことごとく閉まっていました。結局はテンプル・バーにもトリニティ・カレッジにも足を運び、彼女が出した結論は「ミディアム・ツーリズム」。名所も見たうえで、一日か二日は細部を観察することに充てる、という折衷案でした。
ええ、みなさんご存知かもしれませんが、僕はずっと「タイニー・ツーリズム」を実践しています。特に観光名所なども調べず、現地に着いて気が向いたら回る程度。だいたいカフェを巡って、本を読んで、写真を撮っておしまいですが、それでもそれが楽しいんです。幸せとは日常の些細なところにあることを教えてくれます。そういえば、記事の内容のビジネスを友人と目論んでいましたが、少し時代を先どりしすぎていたのかもしれません。
衛星画像の高速化が、ウクライナの戦い方を変えている
ウクライナのドローン部隊が、ほぼリアルタイムの衛星画像を手にしています。1年前は前線に届くまで数日かかっていた画像が、いまは早ければ15分。家屋に潜むロシア兵のように移動する標的でも、30キロ離れた場所から爆弾を積んだドローンで狙えるようになりました。オランダ企業Bravo1Alphaのツールでは、携帯ゲーム機のような端末に画像が送られ、標的の探索から飛行経路の設定、兵器の発射までを操作できます。商用衛星企業Vantorは衛星を10基に増やし、同じ地点を1日15回撮影できる体制を整えました。数週間分の画像を見比べ、林に新しくついた轍から隠された標的を見つけ出す。英シンクタンクの専門家は、これを軍事技術の革命だと評しています。
様々なテクノロジーは戦争をきっかけとして発展してきたことはご承知のとおり。インターネットもGPSも。ここまで精度が上がってくると、もはや地球上に隠れる場所はないのかもしれません。ペルーのアマゾンで外部と接触せずに暮らすマシュコ・ピロの人々も、近年は森林伐採に押されて川べりに姿を現し、その様子が動画に収められるようになりました。隠れていられるかどうかは、隠れる側ではなく探す側の都合で決まる。同じ場所を一日に十五回撮影できる時代とは、そういう時代なのだと思います。
AIスロップにうんざりしているのは、テック大手も同じ
生成AIによる粗悪な大量生産コンテンツ、いわゆる「スロップ」の除去に、プラットフォーム各社が乗り出しています。Spotifyは昨年、重複曲やスパム的なトラック7,500万件を削除。LinkedInは「AIスロップのようだ」と報告できるボタンを設け、YouTubeは半年で13万チャンネルを排除しました。フランスのDeezerでは日々追加される曲の半数近くが、Apple Musicでも3分の1以上がAI生成だといいます。皮肉なのは、その状況を作り出したのが各社自身のAIツールだという点です。当初はエンゲージメントを押し上げたものの、質の高いものが埋もれて負債に転じたと専門家は指摘します。Substackも検出ツールを導入しましたが、人間が書いた文章を誤判定するという苦情が出ています。
兼ねてからAIと人間との関係性についてこのメールマガジンでもお届けしていますが、今回面白いのは、スロップを取り除くためにまたAIが使われているという構図です。汚したのも掃除するのも同じ道具。人間っぽさとは一体何なのか。これまでは人間が機械らしさを見分ける側でしたが、これからは書き手のほうが「自分は人間だ」と機械に証明しなければならないのかもしれません。問題はAIを使ったかどうかではなく、そこに手間をかけたかどうかだと僕は思うのですが、その手間は、残念ながら外からは見えないのです。
📚 今週の一冊
いま読んでいる本、最近読んだ本から一冊を紹介します。
老人と海
アメリカから戻ってきて最初に読んだのが、キューバの漁師の話でした。ヘミングウェイの『老人と海』、です。1ヶ月ほど人と話し続ける仕事をしていた反動なのか、独りきりで海に出る男の話が、やけに沁みました。
物語そのものは驚くほどシンプル。84日間まったく魚が釣れず、周囲から気の毒がられている老漁師サンチャゴが、独りで沖に舟を出し、巨大なカジキを掛け、三日にわたって格闘する。1952年に発表され、翌年ピュリツァー賞、その2年後にヘミングウェイはノーベル文学賞を受けています。
僕が特に面白いと思ったのは、老人と自然との距離の取り方でした。老人は海のことを、スペイン語の女性名詞で「ラ・マール」と呼びます。一方、鮫の肝で儲けてエンジン付きの船を買ったような若い漁師たちは、男性名詞の「エル・マール」と呼ぶ。つまり、海を競争相手か、単なる漁場か、あるいは敵として見ているか。呼び方ひとつで、同じ海がこれほど違って見える。老人にとっての海は、恵みをくれることもあれば手ひどい仕打ちもする気まぐれな相手であって、征服すべき対象ではないのです。
その姿勢は物語のあちこちに顔を出します。北から飛んできて舟のロープにとまった小鳥に、老人は年を聞き、旅は初めてかと話しかけます。休んでいけ、それからまた飛んで、やるだけやってみろ、人間も鳥も魚もそうやって生きているのだから、と。言葉が通じないことは分かっているのに、話しかけずにはいられない。孤独をやり過ごす方便には違いないのですが、同時にそれは、自分も鳥も魚も同じ条件で海に出ているという世界観の表明でもあるように思えます。
そう考えると、きっと、本書は人間対自然の格闘技の物語ではないのでしょう。自分の力ではどうにもならない相手に、どういう態度で向き合うか。敵と名づけた瞬間、勝つか負けるかしか残らなくなる。老人がしているのは、そのどちらでもない向き合い方のように思えます。
📎 活動のご紹介
ブログ:Psychedelic Tokyo
世界中の最新のサイケデリック医療に関する情報を日本語で発信しています。毎週月曜・木曜更新予定。ニュースレターも発行しています。
ポッドキャスト:サイケデリック・フロンティア
サイケデリックファシリテーターのユウスケと精密栄養カウンセラーのナカハラがサイケデリック医療の最前線についてお届けするポッドキャスト。長らく「怪しい・危険」として避けられてきたサイケデリックは、今、世界中の精神医療の現場を変えようとしています。最新の研究結果から、哲学や宗教、カルチャーとの関係性まで。従来の治療では届かなかった心の問題に、新しい視点を提供する番組です。毎週水曜日の朝6時配信。各種プラットフォームでお聞きいただけます。
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